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ひのき舞台Version:2『永い永い賀!正!』の音響効果紹介

はじめに

 2024/11/16,17に公演がありました、ひのき舞台Version:2『永い永い賀!正!』の音響効果について紹介いたします。
 「ひのき舞台」は、宮城で演劇活動を行うU-25の学生・若手のための、若手による企画団体です。プロデュース公演はその活動の核となるもので、今回が二回目でした。

 公演のフライヤーはこちらです。

ひのき舞台Version:2『永い永い賀!正!』フライヤー表面
ひのき舞台Version:2『永い永い賀!正!』フライヤー裏面

 戯曲は、ソーントン ワイルダー『ロング クリスマス ディナー』を原案に、アメリカのクリスマスから、宮城のお正月に舞台を移して、参加者の持ち寄ったエピソード等を練りこみ、作・演出の真田鰯さんが書き下ろしました。ある家の居間のお正月ばかりを100年分駆け抜ける、原案同様に猛烈な速度で時間が経過する作品です。
 演じたのは、主に公募で参加の25歳以下の俳優たちです。スタッフは、それより上の年齢のメンバーが多かったように思いますが、制作面については、ひのき舞台の若手の皆さんが務めてくださいました。下の投稿の写真入りの相関図も、制作の皆さんの工夫のたまものです。

会場内の様子

舞台の様子です。舞台美術はMICHInoXの松浦良樹さん。
舞台中央奥には正月飾りがすっくと立っていまして、下手に白い、誕生用の入口、上手に黒い、死亡用の出口があります。
下手、登場口です。ここから乳母車で出てくるのが「誕生」でした。音響的にも注意をこちら側に惹きたく、「誕生」のアイコニックな効果音はこの付近から鳴るようにしました。
上手、退場口です。ここへ、あるいは静かに、あるいは騒々しく、はけていくのが「死亡」でした。こちらも「誕生」同様にアイコニックな効果音があり、この付近から鳴るようにしました。
客席の様子です。せんだい演劇工房10-BOX box-1の、標準的なひな壇と椅子の並びです。音響照明のブースは、最上段の暗がりの中にあります。

音響プラン

 音響プランを立てるにあたって、台本を読み、演出家とお話をしました。
 まず、百年の間にはいくつもの誕生と死亡とがあり、それらに伴う喜びや喪失があります。今作では、誕生と死亡は、下手の登場口から乳母車(大きな作り物)に乗って泣き声を上げながらの登場と、上手の退場口からの様々な退場でそれぞれあらわし、照明も音響も伴って印象的な表現になるのが良い、とのことでした。
 さらに、現在までの百年のうちには、家庭に影響する社会的・文化的な出来事がたくさんありました。第二次世界大戦に向かう頃にラジオから軍歌が流れるシーンがあり、戦中の空襲で爆撃機が飛来して付近の家が焼ける音がし、昭和の大人気歌手の曲をオーディション番組で歌うシーンもあります。
 また、この家特有の事情ももちろんあります。ひょんなことからお正月に盆踊りを踊る伝統が生まれ、そのときは祖霊が現れ、ともに輪になって踊る、印象的なシーンになります。
 などなどのお話を伺い、稽古に参加して音を流してみたりして、また演出家とお話ししたり、というのを数回しまして、以下のような音・音像が要るな、ということになりました。

名称注釈音像
開場中と終演後BGM演出家選曲舞台全体やや上方から
誕生喜ばしく優しい柔らかい響きの和音いくつか下手の登場口付近広範囲から
死亡お葬式のポクポクポクチーン上手の退場口(仏壇)付近広範囲から
軍艦行進曲戦前戦中のラジオ的な音質のものと、クリアなもの。最初「ラジオ」からラジオ音が流れ、後にふんわり全体に広がる。
空襲上空遠くからB29、近くなってから数軒隣くらいの破壊音、火災、B29は去りすべてフェードアウトして、次の玉音放送へ ・上奥(B29飛来中)
・上やや前(B29最接近~去る)
・奥全体(近隣家屋(上手方向)の破壊、火災)
低音がしっかりいる音あり
玉音放送「耐えがたきを~」のあたりから数秒。遠くのラジオから聴こえる感じ奥、遠く
オーディション番組カラオケ(歌い手のキー確認と練習があるので早めに、と思ったら主催側でご用意があった)歌う俳優が音がとれて、盆踊りよりはしっかり前に出る
オーディション番組歌マイクマイク(史実的には有線ですが、出はけの都合でワイヤレスです。)カラオケと同様に加え、センターを強めに
鼻歌、ふんわり歌う歌生音のまま俳優の居場所からのまま
盆踊り音楽(演出家選曲)舞台全体を包む

 電気音響的には、要りそうな音が出てくれば用意し、あとは舞台図面をにらみつつお稽古に参加しつつ、あの音像はこうか、ここの音はこういう聴こえが良いか、と考えて、それらをもとに、システムプランを考えられます。今回は他に、初舞台の方が多い上に袖の形が複雑で狭いので、袖中に極力物を置かない、ということにしました。

音源製作

 要りそうな音は、作るものは作る必要があります。曲など、既存のものについても、加工が必要なことがあります。
 誕生と死亡の音については、長さや速さやピッチ違いで数パターンを用意し、稽古やテクニカルリハーサルで試していきながら決めました。特に、死亡の音については、重すぎず軽すぎず、悲しい印象になりすぎず、コミカルにもなりすぎないように、テンポとピッチの微調整をしました。

 軍艦行進曲は、近い音質(当時のラジオ)で流したい玉音放送の音源が限られているため、そちらとある程度印象をそろえるように加工した上で、今回の仕込みでうまく聞こえるように共通の加工を施しました。

 空襲の音は、先に、まずまずリアルに通用しそうなものを作り、次に、間を端折って展開をぐっと早くし、舞台となる居間での聴こえの予想に即して、遠近感と遮へい感や響きを調整しました。

図面とシステム解説

舞台平面図に音響機材も記入した、音響仕込み図
・ZIPファイルダウンロード 音響仕込み平面図Dynamic Drawファイル

こちらの劇場図面と、 舞台仕込み図オープンテンプレートを使って、Dynamic Drawというフリーソフトで描いています。

 信号の上流からご紹介しますと、まずマイクがあります。図中の舞台前つら中央付近に『「歌」手持ち』と書いてある、秋田谷妃夏さんが歌っておられましたワイヤレスマイクです。切ない流行歌の歌唱シーンの背後で、悲しい家庭内暴力が起きてしまう、凄惨といってもいいシーンで使われました。
 背後のシーンのせりふが聴こえなくてはならないですが、歌とオケに迫力も欲しいので、両立するように工夫が要りました。むやみと大きくはないけれど音楽をしっかり感じられる音量を探り、あとはセリフの声量に合わせてリアルタイムに手で微調整です。コンプレッサーやダッカ―にでもなったようです。
 もう一つのマイクは、客席後方に仕込んであります。いわゆるエアモニに使うマイクです。

エアモニに使いましたマイク、Shure Beta57Aです。SM57より指向性が狭く高音が入って、小ぶりな会場のエアモニ向き、とよく使っています。

 10-BOXには常設のエアモニや楽屋モニターはないので、作品ごとに仮設しています。タイミングがシビアでなければ、オンラインミーティングの仕組みを使うのも良いですね。映像も見られますし。今回は、アナログで、俳優楽屋とスタッフ楽屋に音声を送りました。マイクケーブルも仮設で、扉の隙間を這わせることのできる平たいもの(作って持っています。音質は、話の中身がわかればよい用途には充分です。)を使いました。

モニタに使いました、YAMAHA MS101-4です。ちょっと楽屋や袖にモニタが欲しい、という時に大変便利です。平たくて扉の隙間をすり抜けられるマイクケーブルがささっています。

 図からはわかりませんが、再生に用いたソフトはAbleton Liveで、鍵盤型MIDIコントローラ(Ottavia)からの信号を2台のPCで同時に受け、同じデータを走らせています。主PCに異常があったら、ミキサー側の操作(フェーダーの上げ替え)ですぐに副PCからの音が出るようにしてあります。ここ一年ほどは毎度のことではあります。

音響ブースの中です。左手に二つ積み重なったハーフラックサイズのものはワイヤレスマイクの受信機で、一つは予備です。ミキサーの上のiPadは台本用で、右側に見えているPCが再生用で副PCはすぐこの後ろに控えています。下の鍵盤はMIDIコントローラで、PCのAbleton Liveを操作するのに使っています。

 再生系のトラックごとに信号を、ミキサーのそれぞれ別々の入力チャンネルで受け、各スピーカーへ送るバランスを設定しました。例えば、「誕生」「死亡」「前」「中」「奥」「上」です。奥の上寄り、とかの場合、Liveのトラックの「奥」と「上」両方に同じ音データを置いて、クリップのボリュームでバランスを調整しました。

 スピーカーは10台を配置しました。図中奥から、

奥LR
セリフの背景に広がりたい音、舞台での出来事より遠くに鳴りたい音、設定上家の奥側で鳴る音、等に重宝します。今回はすごく外に広げたかったので左右の距離が広めで、すると中央付近が弱くなりそうでしたので吊りですがセンターをうっすら足すことが多かったです。三脚スタンドですと、大黒裏を急いで通らなくてはならない、等の時に引っ掛ける危険が増すので、丸ベースのスタンドを持ち込みました。中心的に使ったのは、舞台となる家の上手奥の方の家が空襲で焼ける音、ぼんやり遠くから聴こえる玉音放送、等です。他に、ほとんどの音で鳴らしています。俳優に一番よく聴こえるので、音の進行を把握していただく意味でも。
中吊りLR
奥LRより上側に広げたいけれど前に出たいわけではない音用です。吊りセンターと合わせる前提で、これも幅は広めにとりました。中心的に使ったのは、空襲の航空機がまだ遠いときの音や、誕生と死亡の音をそれぞれLRに振り切って、などです。他に、盆踊りの優しいシーンなど、奥LRと合わせつつ上方に広がりを作るのによく使いました。
吊りセンター(C)
今回の仕込みで唯一、幕に遮られず客席に音が届くスピーカーです。奥LRの中抜け防止に、中吊りLRのセンタースピーカーとして、前吊りLRの中抜け防止として、歌を明瞭に客席に届けるために、など、多用しました。特に歌のシーンと、暗転中に爆撃機が飛来し空襲して去るシーンでは、お客様の耳に届く情報としては音響効果が中心になってよいシーンでもあり、しっかり使いました。高音域を中心とした明瞭さのフォローをしたい、舞台ど真ん中の上方なので目立ちたくはない、といった条件から、Blackline X8を持ち込みました。
前吊りLR
前に出たい音用です。中心的に使ったのは、歌のシーンと、爆撃を終えた航空機が去る音と、開場中と終演後のBGMです。副次的には、盆踊りのシーンでふんわり前側にも音像を広げるの等に使いました。激しい音楽でのダンスシーンや転換シーンでもあれば使ったのでしょうが、今回はそういうことはなく。
サブウーファー
これ以外のスピーカーは全体的に低音が出ないので、ほとんどすべての音について、低音はこれで補いました。ほかのフルレンジスピーカーが8-12インチクラスのウーファーユニットのものですと、サブウーファーで補う必要が出てきがちです。平台の下で、不要に響いてしまう帯域がありましたので、イコライザで抑えました。
「ラジオ」
戦前のラジオや、戦後のテレビなど、音の鳴る家電が、新し物好きの住民によって導入されていました。それらの音はそのあたりから。と、思い、小道具があればそれに仕込ませていただけると良いかと思ったのですが、無対象(パントマイム)の表現で、そのものにスピーカーが仕込めず、置く位置の平台の下に仕込みました。補正はするものの、どうしても平台ごしな音になってしまうので、明瞭な方が良い音については、他のスピーカーも、音像を損なわない程度に鳴らして補いました。

 勝手知ったる劇場(以前管理チームにいました)で、気心の知れた作演出家さんとともに、お若い企画チームや出演者と、良い作品作りができたと思います。また作品作りをご一緒できる機会を、楽しみにしています。

2025/4/22 本儀拓(キーウィサウンドワークス)